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最高裁判所第三小法廷 平成4年(あ)590号 決定

本店所在地

青森県北津軽郡鶴田町大字中野字花岡一八四番地二

有限会社

木村畜産

右代表者代表取締役

木村千恵子

本籍

青森県北津軽郡鶴田町大字鶴田字前田六六番地一号

住居

同 北津軽郡鶴田町大字中野字花岡一八四番地二

会社役員

木村一味

昭和六年二月一六日生

右有限会社木村畜産に対する法人税法違反、右木村一味に対する法人税法違反、詐欺各被告事件について、平成四年六月一日仙台高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人石田恒久外二名の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は量刑不当、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

平成四年(あ)第五九〇号

○ 上告趣意書

被告人 有限会社木村畜産

被告人 木村一味

右の者らに対する法人税法違反及び木村一味に対する詐欺各被告事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成四年八月二〇日

弁護人 石田恒久

弁護人 島田種次

弁護人 鈴木善和

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 原判決には憲法の違反がある。よってその破棄を求める。

一 原判決は、弁護人の立証により一審判決が「被告人の所得秘匿工作や簿外益金の秘匿工作は巧妙なものではなく」と認定している量刑上重要な事項(後述第二の二の2の(三)参照)につき、控訴審において検察官すら右認定の当否について争点とせず又勿論裁判所の訴訟指揮からもそのことは全く伺い知ることは不可能であったにもかかわらず、判決宣告において突然に「売上除外金等を計画的かつ巧妙に秘匿している」などと一審判決でなされた被告人に有利な処罰要因とは全く正反対の認定を行い、被告人木村一味を懲役二年の実刑に処するとともに、被告人有限会社木村畜産を罰金二五〇〇万円に処した一審判決をそのまま維持する判決を宣告したものである。以上の事実は、一審判決、原審の公判調書及び原判決により明らかである。

二 ところで、憲法三一条は、刑事罰を科する手続において、その対象者に対し告知・聴聞・防御の機会が与えられる権利を保障している。このことは、既に、最高裁判所の判例(最大判昭和三七年一一月二八日刑集一六巻一一号一五九三頁等)においても認められており、今日異論を見ない。

そうすると、右一の事態、すなわち、検察官すら一審判決でなされた認定の当否について争点とせず又勿論裁判所の訴訟指揮からもそのことは全く伺い知ることは不可能な状況において、その一審判決でなされた被告人に有利な処罰要因につき、その有利な認定を全く否定するような認定をなすことは、防御の機会の前提となる防御対象の告知すらなされていないで被告人に不利益な処分をなしたものと言うべきものであり、これに控訴審における不利益変更禁止の原則(刑訴法四〇二条)の趣旨をも勘案するならば、明らかに原審の判決は憲法三一条に違反する手続の中でなされたものと言わざるを得ない。

よって、原判決の破棄を求めるものである。

第二 原判決は、刑の量定が甚だしく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反する。よって、原判決の破棄を求める。

一 原判決は、一審の「被告人木村一味を懲役二年六月に処する」との判決を破棄したものの、懲役二年の実刑に処し、被告人有限会社木村畜産に対する一審の罰金二五〇〇万円に処するとの判決については控訴を棄却したものである。しかしながら、原判決には、法人税法に対する明らかな誤解や同種事犯における量刑状況の評価についての独断に基づく誤った説示がなされている。そもそも、上告理由が極々限定されている裁判制度のもとにおける高等裁判所にあっては、右の様な事態は、本来、あってはならないことであるが、そのあってはならないことの結果として、原判決の量刑は甚だしく不当なものとなっているのである。以下、その要点を簡潔に述べる。

二 法人税法に対する明らかな誤解

1 原判決は、その「控訴趣意第一点 被告人木村一味に対する量刑不当の主張について」の中で「騙取による建物共済金七二二四万二六三〇円の所得については、実質的な脱税に当たらないとする所論については、後記控訴趣意第二点に対する説示を参照。」(原判決四丁裏)とし、第二点に対する箇所で、「当該事業年度においてその保険金等をもって代替資産を取得したり資産を改良したりした事実も認められず、(中略)圧縮記帳ができるような場合とは認められ」ない旨説示している(原判決六丁裏)。右説示は、要するに、保険金等の支払を受けたその事業年度においてその保険金等をもって代替資産を取得し、又改良をした場合でなければ、法人税法上、圧縮記帳は認められないとの解釈を前提としたものであることは、その行文上明らかである。なお、ちなみに、原審も、被告人有限会社木村畜産において、共済金が後の事業年度において「殆ど豚舎の規模拡大に使われた」事実(第一審第四回公判における被告人供述調書速記録四丁裏)を否定するものではない。

2 確かに、法人税法第二編第一章第一節第四款第六目「圧縮記帳」中の四七条一項には、「内国法人(清算中のものを除く。以下この条において同じ。)が、各事業年度においてその有する固定資産の滅失又は損壊により保険金、共済金又は損害賠償金で政令で定めるもの(以下この条において「保険金等」という。)の支払を受け、当該事業年度においてその保険金等をもってその滅失をした固定資産に代替する同一種類の固定資産(以下この条において「代替資産」という。)の取得をし、又はその損壊をした固定資産若しくは代替資産となるべき資産の改良をした場合において、これらの固定資産につき、当該事業年度において、その取得又は改良に充てた保険金等に係る差益金の額として政令で定めるところにより計算した金額(以下この項において「圧縮限度額」という。)の範囲内でその帳簿価額を損金経理により減額し、又はその圧縮限度額以下の金額を政令に定める方法により経理したときは、その減額し又は経理した金額に相当する金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。」とされており、この限りでは、原判決の説示は、そのとおりである。しかしながら、その次の条文である四八条一項には、「前条第一項に規定する保険金等(以下この条において「保険金等」という。)の支払を受ける内国法人(清算中のものを除く。以下この条において同じ。)が、その支払を受ける事業年度の翌事業年度開始の日から二年を経過した日の前日(災害その他やむを得ない事由により同日までに同項に規定する代替資産を取得することが困難である場合には、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長が指定した日)までの期間内にその保険金等をもって同項に規定する取得又は改良をしようとする場合において、当該事業年度の確定した決算においてその取得又は改良に充てようとする保険金等に係る差益金の額として政令で定めるところにより計算した金額以下の金額を特別勘定として経理したときは、その経理した金額に相当する金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。」との規定がある。してみれば、原判決の「当該事業年度においてその保険金等をもって代替資産を取得したり資産を改良したりした事実も認められず、(中略)圧縮記帳ができるような場合とは認められ」ない旨の説示は、明白な誤りである。このことは、被告人の検事調書(平成二年五月一四日付け検乙一二号証)においてすら「共済金を丸山牧場の増築工事の資金にしようと思っていたのですが、共済金については税法上の特点がないと思っていたのでもしこの保険金を公表上で受ければ課税処分の対象となり損をすると思ったのです。ですから一旦簿外で共済金を受領した後で簿外の経費として大部分を使いました。四、査察が入ってからこの共済金については公表上で受け入れ公表上で丸山牧場の増築資金としておけばこの共済金の受領についても大部分最終的には経費として処理できると判りました。つまり税法の理解を誤って考えていたため自分で勝手に一人相撲をして脱税してしまったものです。」と記述されていることによっても容易に裏付けられるものである。

3 原判決が、条文上明白なる誤りを犯した理由

慎重であるべき控訴審の原判決が、何故、右のような条文上明白なる誤りを犯したのか。それは、保険差益というものに対する企業会計上の性格に対する認識不足とこのことから保険差益に対する法人税法上における課税態度についての理解不足が原因であると考えられる。一言で表現すれば、法人税法四七条、四八条、四九条についての立法趣旨について全く正反対の理解をしていたことによるものである。

(一) 保険差益についての圧縮記帳制度の趣旨

「保険をつけておいた財産の一部または全部が滅失して、保険会社から受取った保険金が、滅失した資産の被害直前の帳簿価額を超えるとき、その差額部分を保険差益という。保険差益のうち、貨幣価値の下落によって生じた部分は、資本の価値修正に基づくものであるから、資本剰余金としなければならない。」(飯野利夫著「財産会計論 改訂版」10-26)とされる。したがって、この資本剰余金たる部分に課税するとすれば、これは理論上資本課税となってしまう。しかしながら、所得に課税することを本旨とする法人税法にあっては、このような事態は排除する必要性がある。そのために、法人税法四七条、四八条、四九条についての規定があるのである。

即ち、「保険差益の圧縮記帳の意義は、滅失した資産と同一の資産が保険金等によって取得された場合に、その価格水準の相違による架空利益を排除し、同一の資産が継続して所有されていたと同様の取り扱いを認めようとする趣旨のものである」(武田昌輔著「立法趣旨法人税法の解釈」二〇四頁)。

(二) 右のように、保険差益についての圧縮記帳の制度は、架空利益に対する課税を排除しようとする法人税法の本旨に基づくものであるという法律解釈上当然前提とされるべき理解が原審裁判所において多少なりともあったならば、法人税法四七条だけを見て、それに該当しないから圧縮記帳のようなものは認められないなどとの説示はあり得なかったものと思われる。常識的に考えてみても、保険事故は、事業年度の始めにばかり発生するものではない。仮に、事業年度の終わり頃に保険事故が発生してこれにより保険金が支払われたが、未だ、代替資産を取得できないということも十分起こり得ることである。この様な場合、保険差益には課税します。そのことにより代替資産の取得資金が不足したとしても運がなかっただけです。ということでは、不合理極まりない。法律の解釈にあたっては、まさかこんな不合理はないだろうと考えて当然である。しかし、原判決は不合理とは考えなかった。これは、圧縮記帳の制度趣旨を理解せず、単なる課税減免の特典などとしか考えていなかった結果というべきものである。

(三) なお、原判決は「名目は建物共済金であるが、実質は詐欺による所得であって、法人税法第四七条一項の固定資産の滅失又は損壊によって支払を受けた保険金等であるとはいえない」旨説示してもいる。しかしながら、このような解釈も、結局のところ、保険差益についての圧縮記帳の制度の趣旨を国の与えた恩典であるかのように考える誤った考えに起因するものと言える。

勿論、真実は固定資産の滅失自体が存在しないのにもかかわらずこの点を欺罔したという場合には、仮に建物共済金名目で金員を受け取ってもこれは圧縮記帳が認められる「保険金等」には該当しないといえる。なぜなら、保険差益の圧縮記帳制度の意義は、「滅失した資産と同一の資産が保険金等によって取得された場合に、その価格水準の相違による架空利益を排除」することにあるのであるから、固定資産が滅失していないのに滅失したという点での欺罔がなされた場合であれば、その建物共済金名目で受け取った金員は、架空利益になるなどとの問題は起こってこないからである。しかしながら、ある売買取引の過程において欺罔行為がなされても、財貨の移転がなされれば、これは売上である。なぜなら、この場合は売買取引の本質が備わっているからである。原判決は、被告人有限会社木村畜産に帰属した本件の建物共済金は、詐欺による所得であるから、圧縮記帳の適用を受けられる「保険金等」に該当しない旨説示するが詐欺による所得であれば直ちに「保険金等」には該当しないものとなるものではない。要は、圧縮記帳の制度の趣旨に鑑みて、その本質を備えているか否か、つまりは、固定資産の滅失に起因した金員の支払であるのか否かを以て判断すべきことがらである。しかも、本件においては、受取共済金がそもそも被告人有限会社木村畜産(以下、「被告会社」ともいう。)に帰属したものなのか。或は、被告人木村一味個人(以下、「木村個人」ともいう。)への帰属を経て被告会社に帰属したものなのか(つまり、被告会社としては借入金となり益金を構成しない。)という事実認定上の問題があったものであるが、要するに、損壊した豚舎が被告会社に帰属する固定資産であったこと、その共済金契約上の名義は木村個人であったとしても実際の掛け金の負担者が被告会社でありしかも被告会社の経費として計上していたことを根拠として、受取共済金は被告会社に帰属するものであるとの結論に達したものであることからするならば、受取共済金は、その受取の過程に欺罔行為が介在したとしても、右「保険金等」への該当性は否定されるものではないのである。逆に、「保険金等」への該当性を否定するならば、それは木村個人が取得した単なる違法所得であるという結果になり被告会社の所得を構成するものとはならなくなってしまうのである。従って、この点では、原判決には、罪となるべき事実の認定と量刑についての認定との間で理由齟齬があるのである。

いずれにせよ、原判決は、ただ、詐欺にかかる所得であるという一事をもって、そもそも圧縮記帳の適用を受けられる「保険金等」には該当しないとするものであって、これもまた、法人税法の解釈を誤るものであるが、このような誤りもまた、前述のように、保険差益についての圧縮記帳制度の趣旨を全く理解しないことによるものと言える。

4 原判決は、資本課税、架空利益に対する課税となることを排除するために保険差益についての圧縮記帳という制度があることを全く理解していない。このことは、右に指摘した原判決における法人税法の明白な誤解や解釈上の誤りによって明らかである。そのため、また原判決は、原審で弁護人が主張した刑事裁判においては、実質的な脱税額を考慮すべきであるとの弁護人の主張にも全く理解を示さず、その結果として刑の量定が甚だしく不当なものとなっているのである。このような、法律の趣旨を全く理解しないでなされた結果生じた不当な量刑は、破棄しなければ、到底正義の回復は在り得ないものである。

三 同種事犯の量刑状況の評価についての独断

1 原判決は、「東京地裁昭和六一年三月六日判決(税務訴訟資料第一六八号)は、六億四八〇五万〇八七八円の背任、一億一九六六万四九七〇円の業務上横領、逋脱税額三億五九四八万七一〇〇円の所得税法違反という、正に巨額経済事件についてのものであるが、これについて、検察官の求刑は懲役六年及び罰金一億円というものであった。この罰金についての求刑は、逋脱税額の二七・八%というものであったが、判決では、三〇〇〇万円にまで大幅に減額されているのである。この三〇〇〇万円という金額は、逋脱税額の八・三%に過ぎないものであるが、これは、右逋脱所得の大部分が背任・横領による所得であるところ、既に被害者に全額の弁償がなされていることから、罪となるべき事実としての逋脱税額から右弁償にかかる金額に対する税額を控除した実質的逋脱税額を基準として量刑の基礎としたが故のことである。なお、右判決では、懲役刑については懲役三年六月が宣告され(求刑は懲役六年)たものの、被告人側から控訴がなされその結果、東京高裁は、昭和六三年七月一八日(税務訴訟資料第一六八号一三八二頁)、原審と殆ど相違しない理由により懲役三年・執行猶予五年の判決を言い渡しているものである。」との原審での弁護人の論ずる所を念頭に、「所論指摘の判決等との対比からいっても、原判決の実刑は不当である旨主張するが、右判決等の事案は本件と事実関係を異にし、従って犯情も異なるものであるから、所論の非難は当たらない。」と説示する。

2 ところで、右原判決の説示の意味内容は、明瞭ではないが、「事実関係を異にし」との部分は、裁判である以上、全く同一の事実関係ではありえないという当然のことを意味するものではあるまい。同種事犯の量刑状況と比較するという場合、それは、処罰要因として何を重要視するかという観点から、ある程度事情を類型化して比較検討する必要があるものと考えるが、原判決にはこのような説示は全くなされていない。

逋脱犯処罰の要因について、司法研修所編「税法違反事件の処理に関する実務上の諸問題」には、「先ず重要なのは逋脱税額及び逋脱率である。逋脱税額が大きいものほど国庫に及ぼす損害が大きく、逋脱率が高いものほど均衡負担義務の侵害の度合いが強いと認められるからである。次に重要なのは逋脱の手段の態様である。租税犯罪は伝播性の強いものといえるから、右手段が巧妙で悪質なものによるときは、脱税の発覚が困難となり、多数の逋脱者を誘発するおそれがある。そのことは、国庫に及ぼす損害を大きくし、かつ誠実な納税者の税の均衡負担の意欲を阻害し、その義務を喪失させるおそれが大きいからである。その他逋脱の動機、逋脱した資金の使途、罪証隠滅工作、納税状況、経理体制の改善、前科、前歴等がそれに次ぐ要因となる。」との記載がある。そこで、次に、これら処罰要因に沿って本件と原審で指摘した事案(以下、「比較事案(1)」ともいう。)との事実関係を比較してみることにする。

(一) 逋脱税額

本件事案 八九六五万二〇〇〇円(一審認定)

比較事案(1) 三億五九四八万七一〇〇円

(二) 逋脱税率

本件事案 九四・三六%(一審認定)

比較事案(1) 九九・八八%

(三) 逋脱の手段の態様

本件事案 所得秘匿工作や簿外益金の秘匿工作は巧妙なものではない(一審認定)。但し、原審では「計画的かつ巧妙に秘匿」と認定しているがこの点は、憲法違反であることは第一で前述した。

比較事案(1) 予め用意した実在しない業者等からの領収証等の用紙、印鑑等を使用して仮装の経理処理をすることによって計画的かつ巧妙。

(四) 逋脱の動機

本件事案 社内資金留保というもので格別同情すべきものはない(原審認定)。

比較事案(1) 動機には同情すべき余地がある。

(五) 逋脱した資金の使途

本件事案 相当額は社内に留保した被告会社の事業に利用している(一審認定)。

比較事案(1) マンション、別荘地、施設利用権、ゴルフ会員権の購入代金、宝石、高級腕時計、書画、骨とう、美術品の買物代金等の個人的用途に使う。

(六) 罪証隠滅工作(犯罪の手段・態様を除いたもの)

本件事案 特に認定はない。但し、摘発後修正申告を行っている(一審認定)。

比較事案(1) 特に認定はない。

(七) 納税状況

本件事案 法人税は完納、地方税も本税、延滞金、重加算金を支払っている(原審認定)。

比較事案(1) 所得税完納。

(八) 経理体制の改善

本件事案 経理体制の改善に努めている(一審認定)。

比較事案(1) 特に認定はない。

(九) 前科、前歴

本件事案 前科前歴は全くない(特に認定はされていないが関係証拠から明らかであり弁論でも当然指摘している。)。

比較事案(1) 前科前歴はない。

(一〇) その他

本件事案 詐欺については、被害者である鶴田町農業共同組合との間で示談が成立し、受け取った利益金を超える示談金も支払済みであること、長年にわたって地域の畜産業の発展に寄与し、社会福祉活動、更生保護事業に金員を寄付し、数々の役職に推されるなどしていたが、本件の発覚及び身柄拘束によって被告会社の代表取締役の地位を退くとともに一切の役職を辞任している(一審認定)。

比較事案(1) 村井学園に与えた損害を全額弁償済みであり、村井学園側では被告人の誠意を認め全理事の総意により被告人の寛大な処分を望む旨の理事長名の上申書が作成されている。村井学園に対する顕著な貢献があったが、事件により懲戒解雇される等社会的制裁を受けている。

(一一) 求刑、判決

本件事案 求刑 懲役四年、罰金三〇〇〇万円

判決 懲役二年(実刑)

罰金二五〇〇万円

比較事案(1) 求刑 懲役六年、罰金一億円

判決 懲役三年(五年間執行猶予)

罰金三〇〇〇万円

3 右2での比較検討によると、本件事案と比較事案(1)とにおいて、事案を異にするとされているその主な点は、逋脱税額、動機、逋脱した資金の使途の三点と、詐欺罪と横領・背任という併合される財産犯の被害額とその罪質の違いにあることがわかる。

そこで、右各点を今一度比較検討してみると、確かに、動機の点では比較事案(1)の方は同情すべき余地があるとされているものの、実際の逋脱した資金(これの大部分は横領・背任による利得である。)が個人的用途の買物代金に充てられていることからすると、本件事案と比した場合、格別の違いがあるとは思われない。しかも、最も重要な処罰要因とされる逋脱税額の点で比較事案(1)は本件事案よりも二億七〇〇〇万円程も上回っていることを勘案するならば、「本件と事実関係を異にし、従って犯情も異なる」との一言で、暗に本件事案の方が悪質であると判断することは、全くの不当な独断であると断ぜざるを得ないものである。

なお、原判決は、或は、詐欺罪(十年以下の懲役)と背任罪(五年以下の懲役又は千円以下の罰金)・業務上横領罪(十年以下の懲役)の違いの方に多くの重点を置いて事案を異にするとの説示をしているとも考えられる。本件事案は七二二四万二六三〇円の詐欺事件でもあるのに対し、比較事案(1)は六億四八〇五万〇八七八円の背任・一億一九六六万四九七〇円の業務上横領事件でもある。つまりは、その大部分は、長期懲役五年の背任事件ではないか、という点で、その違いを見い出しているのが原判決の説示かも知れない。しかしながら、仮にそうであったとしても、詐欺罪と業務上横領罪(いずれも長期懲役十年)とを比べても比較事案(1)の方が被害額において多額であり、この点でも比較事案(1)よりも本件事案のほうが悪質であるとは到底言えるものではないのである。

4 更に、より本件事案と比較するに適した事案(以下、「比較事案(2)」ともいう。)があるので、次に指摘して、比較検討することにする。その事案は、税務訴訟資料第一六二号に掲載されている八億一四三五万一九〇〇円を脱税した所得税法違反と二億六〇九九万三五九〇円の詐欺の事件であり、一審(金沢地裁昭和六〇年一〇月二九日判決税務訴訟資料第一六二号一三三二頁)は懲役四年の求刑のところ(罰金についての求刑は弁護人において調査未了)、懲役二年六月(実刑)及び罰金一億円であったところ、控訴審(名古屋高裁金沢支部昭和六二年二月二六日判決税務訴訟資料第一六二号一二三一頁)で懲役二年(実刑)及び罰金一億円という経過をたどった事案である。

右比較事案(2)は、八億一四三五万一九〇〇円の超巨額脱税であって、この金額は本件事案の実に約九倍となるものであって、金沢国税局調査査察部が告発した事件中でも空前絶後とも言いうるものであった。従って、前述の処罰要因の中でも最も重視されるべき脱税額の点のみにおいても、既に実刑を免れうる事案ではないといえる(司法研修所編「税法違反事件の処理に関する実務上の諸問題」一二四頁、一二六頁)。それに加えて右のとおり二億六〇九九万三五九〇円の詐欺である。これについては、控訴審において違法意識が高かったとまでは認め難いとの認定がなされているが、その金額の点で本件事案とは比較にならない程の規模のものであり、その他の処罰要因においても本件事案に比し、格別有利な事情が見いだし難い事案であるというべきものである。してみると、その悪質さにおいては、正に比較事案(2)の方が本件事案により数段上であることになる。

5 そうすると、本件事案と比して、より悪質と認められる比較事案(1)においては、懲役刑には執行猶予が付され罰金額も三〇〇〇万円にとどまり、また同じく比較事案(2)においては、約九倍の脱税額、三・六倍の詐欺額であるにもかわらず、懲役刑については本件と同じ、罰金額についても四倍にしかならないという不均衡が認められる。原審は、これでも、事実関係を異にするの一言で済ませているのであるが、これで、公平な、正義にかなった裁判といえるのか、裁判が恣意的なものであってはその信頼を失い、司法の実質的基礎が崩されるということは、自明の理である。このような不均衡を直さないならば、それはまさに正義に反し少なくとも、国民の一人から、司法のへの信頼が失われる結果となるのである。

四 よって、量刑不当の点でも、原判決の破棄を求めるものである。

以上

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